王宮の回廊に、三百年ほど住み着いている精霊がいる。
壁に宿り、動けず、喋れず、ただ見ている。
その壁の前を、毎日一人の令嬢が通る。
冷血と噂される公爵令嬢。
彼女は誰の前でも涙を見せない。
けれど深夜、人気のない回廊で。
壁に額を押し当てて、声を殺して泣く。
それを知っているのは、壁だけだ。
壁はもう一つ知っている。
毎晩、壁の反対側に背中を預ける騎士がいる。
灯りが消えるまで動かず、何も言わず立っている。
それを五年間、繰り返している。
令嬢は壁のこちら側で泣き、騎士は向こう側で立つ。
たった一枚の壁を挟んで、互いを知らないまま。
ある夜、王太子が婚約破棄を宣告した。
壁はその裏で交わされた密会も、讒言も、全て聞いていた。
壁は喋れない。
けれど全てを見ていた。
この夜、壁の前で何が起きるのか。
三百年動かなかった精霊が、初めて震える。


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