六カ国語を操る侯爵夫人は、五年間、夫の外交をすべて担った。
条約の締結も、大使との折衝も、すべて夫の名前で。
社交界では「冷酷な悪女」と呼ばれた。
夫の愛人は涙を流しながら「あの方のせいで旦那様がかわいそう」と言った。
怒ったのではない。疲れたのだ。
離縁届を置いて去った翌月、六カ国のうち三カ国が条約の更新を拒否した。
後任の愛人は、届いた書簡の一文字も読めなかった。
一方、ヴェルデ公国には、彼女の外交力をずっと見ていた若き大使がいる。
三年前から。匿名の書簡一通から。ただ黙って、隣の席を確保し続けていた男が。
言葉のプロが二人、お互いの前でだけ言葉を失う。
これは、そういう物語。


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