八百二十三日。
それは王弟妃アデライドが、王宮の地下で血を流し続けた夜の数だ。
百年前から続く大結界は、一人の女の犠牲で維持されている。
その事実を知る者はごくわずか。
夫は愛人と笑い、宮廷は彼女を「無能な妃」と嘲る。
指の感覚が三本分消えた夜、アデライドは紋様に背を向けた。
もう、いいかな。
たったそれだけの言葉で、五年間が終わった。
結界が揺らぎ始め、王都の空にひびが入る。
宮廷魔術師長の修復は失敗し、夫は慌てて妻を捜す。
だがアデライドはもう、手の届かない場所にいた。
隣国の青年魔術師は、彼女の手の傷を見て何も聞かなかった。
代わりに毎朝、少しずつ配合の違うお茶を差し出した。
血を流さなくても結界を維持する方法は、あるのか。
それを見つけるのは理論か、実践か、それとも。


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