侯爵夫人カティアの仕事は、領内五つの診療所の運営と薬草の品質管理。
疫病を三度食い止め、領民からは「白薔薇の奥様」と慕われていた。
八年。名前を呼ばれることのない結婚だった。
ある日、夫の愛人が茶会で高らかに宣言する。
奥様の代わりなんて簡単だ、と。
カティアは微笑んだ。
三日間の丁寧な引き継ぎを終え、二百ページのマニュアルを渡して、侯爵家を去った。
南の港町で、小さな薬局を開く。
潮風と、見知らぬ薬草と、やたらと薬の効能を説明したがる無愛想な薬師がいる町。
カティアが去った侯爵領では、薬草の仕入れが止まり、季節病の備えが崩れ始めていた。
愛人は泣きながら叫ぶ。聞いてない、と。
丁寧に引き継いだはずなのに。全部、マニュアルに書いたはずなのに。


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