毎夜、血で術式を書く。
それが十二年間の日課だった。
公爵家の結界を一人で維持してきたセレスティーネに、夫が告げる。愛人を正妻にすると。涙は出なかった。出るはずがない。十二年間、泣く暇もなかったのだから。
結界は更新をやめれば三日で消える。引き継ぎ資料は七百ページ。夫はその一ページも読もうとしなかった。
屋敷を出ようとした日、王宮結界術師団の長が門前に現れる。彼の手には、セレスティーネと同じ術式痕が刻まれていた。
「あなたの術式を十年追いかけてきた」と彼は言う。
結界が領地全体を養っていたことを知った時、静かに去る計画は崩れる。それでも彼女は歩き出す。十二年分の夜は返らない。けれど、これからの朝を選ぶ権利は、誰にも渡さない。


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