公爵家の食卓を十年支えた料理番の私が辞めた朝、坊ちゃまは初めて泣きました

蜂蜜は最後に入れる。先に入れると苦みが出る。
十年間、マーサは毎朝それだけを考えて公爵家の厨房に立ってきた。

夫である公爵が愛人の料理人を連れてきた日、マーサは包丁を磨き、エプロンを畳み、静かに門を出た。振り返らなかった。
向かった先は、亡き祖母が食堂を営んでいた港町。

潮風の中で出会ったのは、食べ物の感想だけは饒舌になる寡黙な交易商。
一方、残された公爵家では、七歳の坊ちゃまが新しい料理長の食事を一口も食べられずにいた。卵と乳製品のアレルギー。その対応を知っていたのは、マーサだけだった。
包丁を置いてきた女の手には、祖母の形見のまな板がひとつ。

空っぽの厨房に残された三本の包丁が、やがて公爵家の食卓だけでなく、二つの国の関係までも揺るがすことになる。

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