言ってくれれば手伝ったのに、と夫は笑った。八年間、言い続けていたのに

八年間、夫の領地を法務で支え続けた侯爵夫人クラーラ。
契約書を作り、商人と交渉し、訴訟を処理し、領民の陳情に答えた。
そのすべてが、夫の名前で王都に届いていた。

過労で倒れた日、夫は微笑んでこう言った。
「言ってくれれば手伝ったのに」
言った。八年間、何度も。

帳簿の確認を頼んだ。書記官の増員を申請した。交渉への同席を願い出た。
返事はいつも同じだった。
「君は好きでやっているんだろう」
引き継ぎ資料は十四冊。一字の曖昧さも残さず仕上げた。

夫はそれを「そんなもの」と呼び、目も通さなかった。
門を出たクラーラが持ち出したのは、革の鞄ひとつと業務日誌一冊。
置いてきたのは、趣味で回っていた領地のすべて。

商人が押し寄せる。帳簿が合わない。訴訟が動き出す。
崩れ始めた領地を横目に、クラーラは自分の名前で新しい一歩を踏み出す。

その隣に立つ青年法律家は、書面越しに八年間、彼女の仕事を見てきた。
ただ一人、あの書類を「趣味」とは呼ばなかった人。

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