標本

著者:間咲正樹

「うふふ」

 部屋の壁一面に飾ってある昆虫の標本を眺めていると、思わず口角が上がる。
 アゲハ蝶、カブトムシ、コオロギ、ギンヤンマ、等々――。
 昆虫のフォルムというのは、見れば見るほど美しい。
 いくら眺めていても飽きないわ。
 私はそれらの標本の中央にある、一つだけ中身が空のケースに右手を当て、感慨にふける。
 ――その時だった。

「お嬢様、そろそろ夜会のお時間です」

 侍女のアレハンドラに声を掛けられ、すっと現実に戻された。

「ええ、今行くわ」
「……相変わらず、圧巻の光景ですね」

 無機質な表情で標本を見つめながら、アレハンドラが呟く。

「うふふ、そうでしょ」

 本心ではどう思っているかはさておき、そう言われるのは悪い気はしない。
 さて、今日は大事な大事な夜会。
 気を引き締めないとね――。

「フェリシア、ただ今をもって、君との婚約を破棄する!」
「……」

 宴もたけなわとなった夜会の最中。
 私の婚約者であり、侯爵家の次男でもあるカルロス様が、唐突にそう宣言した。
 カルロス様には男爵令嬢のマルガリータさんが、庇護欲をそそる憂いを帯びた表情でしなだれかかっている。
 会場中の貴族の視線が、一点に集まる。

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